311から1年経って変わったこと

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昨年の3月11日から一年たちました。

地震があった時は我が家にとっては、戸棚の物が壊れる程度の被害でしたが。

半日帰らない、あねひめを心配したり、仕事上、災害時は帰れない夫を心配することから始まり

多くの方の命を失ってしまったことを知った喪失感。。。

その後の原発事故へと続き・・・

生活そのものを揺るがす、心身ともに重くのしかかる出来事になってしまいました。

連日の余震に震える日々はまだ終わってませんし

こんな地震国の上にある多数の原発のことを考えると

不安感はさらに続くわけで到底、過去のことにはなりそうにありません。

 

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一年後の3月11日は午前中、何事も無いように家族でおでかけしていましたが

午後からは心静かにテレビで震災追悼式をみて・・・

 

黙祷

 

その後も番組でそれぞれの地域の様子を見ていました。

やっぱり涙が出てくるのですね~

たくさんの人の悲しみを考えると・・・自然と涙がつたってきました。

特に小さな命がたくさん失われたことに大きな悲しみを感じました。

怖かったろうな~

寒かったろうな~

苦しかったろうな~

 

最近じんわり思うのよね~

被災した町を見ておいた方がいいかも。

できれば子供にも見せておいたほうがいいかもと。。。

しっかり生き方を考えたいと思うようになってきました。

(夫は仕事で被災地入りしたけど、画像で見るよりはるかに衝撃的だったそうです。)

 

 

我が家は親戚一同東北出身です。

多くの親戚が被災しました。

幸い命を落とした人はいませんでしたが、心身ともに大きな傷を負ったのは

間違いありません。

 

 

3月に入り、石巻の従姉妹から年賀状のお返事ハガキが来てはっとさせられました。

昨年末、迷いながら年賀状をいつも通り送った我が家だけど、

被災した方々にとっては、挨拶とはいえ、おめでとうとは書きにくかったんでしょう。

年賀状の代わりに、被災した日から一年経って折り紙細工をあしらったハガキがつきました。

 

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残された命に感謝しながら

自分の場所で自分のできることをやっていきたいと思っています。

一歩前へ!

はっとしましたね。

 

いつまでも知らないふり、幸せなふりはやめよう。

困っている人がいる横で、目の前の「通常」の生活を演じて幸せだと信じようとするのは

人が不幸で、自分が幸せより

人も幸せで自分も幸せの方がもっと幸せに違いない。。。

 

やっと一年経ってできることを探そう・・・

子供のためになることをしよう・・・

見ているだけは何も変わらない。

何か探そう・・・

何かしよう

って思うようになりました。

 

守谷も放射能の影響を大きく受けているのがわかってきて

町がどう変わっていくのかも、生活そのものに影響します。

大きな痛手をおっているけど・・・

 

来年の311には何か一歩前進できているといいな~

 

ラ~ク

 

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